紫外線蛍光・反射紫外線画像を用いたマルチスペクトル疑似カラー画像の構成
絵画調査における視覚的識別の拡張
文化財保存修復学会第31回大会
⚪︎濱谷聖
はじめに
保存修復分野において、紫外線・赤外線疑似カラー画像を用いた絵画作品の状態調査は、これまでに数多くの研究が行われ、有効な報告例も多数発表されている [1]。しかしながら、状態調査で一般的に広く用いられている紫外線蛍光画像を、疑似カラー画像の再構成要素として技術的に応用する可能性については、これまで体系的な検証がなされてこなかった。
本研究では、画像合成を目的として撮影された可視光画像、反射紫外線画像、紫外線蛍光画像の三種を組み合わせることで、マルチスペクトルの疑似カラー画像の作成を試みた。その結果、従来の紫外線・赤外線疑似カラー画像とは異なる情報、すなわち適用素材の光学的反応に基づく新たな視覚的情報を抽出できることが確認された。
可視光下では把握が難しい絵画作品構成素材の分布状況を明らかにすることにより、作品の構造解釈および保存状態の評価に資する可能性をもつ、新たな疑似カラー画像構成技術とその成果について報告する。
経緯
疑似カラー画像の構成要素となる画像の準備にあたり、可視光撮影、紫外線蛍光撮影、反射紫外線撮影を、いずれも銀塩モノクロフィルムを用いて実施した(写真1a, b, c)。紫外線蛍光および反射紫外線撮影の光源には、UV蛍光灯(TOSHIBA FL20S BLB)を、可視光撮影の光源には、自然光に近い波長分布を有するVITA-LITE®を用いた。これらの異なる波長帯を持つ撮影光源をすべて蛍光灯タイプに統一することで、光源種や照射方法の差異に起因する画像合成時の不一致や破綻を抑制することが可能となった(表1)。
撮影後は、各撮影画像の中から、添付されたグレーチャートの濃度値が一致するネガを選定し、スキャン処理によって同一解像度のデジタル画像データへ変換した。その後、画像編集ソフトを用いて、可視光・反射紫外線・紫外線蛍光の3種の画像をそれぞれRGB成分(チャネル)に割り当てることで、疑似カラー画像を構成した(写真2)。これらの手順は、一般に知られている赤外線および紫外線の疑似カラー画像作成法 [2] [3] [4] に基づいている。
RGB各成分への画像データの配置組み合わせは全6通りとなるが、その中でも最も視認性が高く、調査対象の識別に有効な成分の配置は、対象作品に使用された素材の種類や技法に応じて最適化される(表2)。
参考図版
写真1.a, b, c 疑似カラー画像の構成要素となる各種モノクロ画像
表 1. 撮影環境データ一覧
撮影種類 | 撮影光源 | 適用フィルター |
可視光線 | VITE-LITE® 18Wx4 (5500K) | N/F* |
紫外線蛍光反応 | TOSHIBA FL20S BLB 20W: x4 | Kodak Wratten No.2E |
反射紫外線 | TOSHIBA FL20S BLB 20W: x4 | HOYA-U360 (360 nm) |
使用レンズ:Tochigi Nikon UV-105mm f/4.5
使用フィルム:ILFORD DELTA 100(現像:TMX RS 通常処理)
備考:すべての撮影において、同一の投光器に対して蛍光管を交換して使用し、照射角度と距離は一定に保った。
表 2. 撮影環境データ一覧
配置画像 | RGB 成分の画像再配置組み合わせ | |||||
可視光線 | R | R | G | G | B | B |
紫外線蛍光 | G | B | R | B | R | G |
反射紫外線 | B | G | B | R | G | R |
略号: R = Red 成分、G = Green 成分、B = Blue 成分
注記:
調査において有効な成分の配置選択は、対象作品に用いられた構成素材の分布および技法によって異なる。
写真2では、波長分布の順に基づき、以下のように再配置を行った:
可視光画像 → R成分、紫外線蛍光画像 → G成分、反射紫外線画像 → B成分
写真2. マルチスペクトル紫外線擬似カラー撮影画像
写真2は、Red成分に可視光要素、Green成分に紫外線蛍光要素、Blue成分に反射紫外線要素を配置することで構成した擬似カラー画像である。可視光では確認が困難なニス層の分布状態と、補彩に適用された組成の異なる顔料の識別が可能である。特に白色顔料については、擬似カラー画像上での色再現の差が明確であり、鉛白と亜鉛華、チタニウムホワイトの識別に有効である可能性が確認された。紫外線蛍光画像では、蛍光反応が抑制された暗色のグレースケールで再現される物質についても、明確な色再現の差による区分が可能であるため、他の調査撮影画像と比較対照することで、適用素材の分布と構造をより正確に把握することが容易となる。今後、絵画素材の反応情報の収集を体系的に行うことで、新たな指標を確立する予定である。
写真4. 紫外線蛍光撮影画像
紫外線蛍光画像では、絵画素材に含まれる有機物の経年変化に応じて蛍光反応の強度が増加する傾向があるが、実際には混入されている色材の組成に大きく左右されるため、蛍光の強度だけをもとに時系列的な素材の分布を特定することは困難な場合がある。また、下層および上層に分布する物質の蛍光反応が重なり、視覚的干渉を引き起こすことも多く、他の撮影手法との比較対照が必要である。
写真5. 紫外線擬似カラー撮影画像
反射紫外線画像では、可視光や赤外線では識別が困難な表面の情報を確認することが可能であるが、屈折率の高い樹脂や展色剤が表面に分布している場合、下層の構造を識別することが難しくなる。モノクロの反射紫外線画像では、多くの色材の反応に顕著な差異は見られないものの、白色顔料に関しては組成の違いに基づいた識別が可能である。鉛白は高輝度の白色として再現され、亜鉛華およびチタニウムホワイトは異なる濃度のグレースケールとして表現される。紫外線擬似カラー画像では、RGB画像のBlue成分に紫外線要素を割り当てた場合、鉛白以外の白色顔料が濃度の異なる黄色で再現されるため、識別に有効である。
写真6. 赤外線擬似カラー撮影画像
赤外線擬似カラー画像は、一般的にRGB画像のRed成分に赤外線画像を割り当てて構成される。色材の性質により、可視光では識別が困難な、同系色ながら組成の異なる顔料の分布を把握するのに有効である。
撮影種類 | フィルターワーク | 撮影光源 |
写真3. 可視光撮影画像 | B+W UV/IR-CUT | Profoto Pro 5 PB head 1500W: x2 |
写真4. 紫外線蛍光撮影画像 | Kodak Wratten No.12 + B+W UV/IR-CUT | Toshiba FL20S BLB 20W: x4 |
写真5. 紫外線疑似カラー撮影画像 | B+W UV/IR-CUT (Visible component) | Profoto Pro 5 PB head 1500W: x2 |
Hoya U-360 (UV component) | Toshiba FL20S BLB 20W: x4 | |
写真6. 赤外線疑似カラー撮影画像 | B+W UV/IR-CUT (Visible component) | Profoto Pro 5 PB head 1500W: x2 |
Kodak Wratten No.87 (IR component) |
Kodak DCS760/ Tochighi Nikon UV 105 mm *
撮影および画像データ編集について
本撮影および画像データの編集作業は、独立行政法人情報通信研究機構(NICT) の依頼により、テラヘルツ分光用のイタリア古典絵画撮影資料の作成 を目的として実施した。
まとめと考察
本研究で作成した疑似カラー画像からは、可視光線下では識別が困難な、組成の異なる顔料の分布状況を視覚的に把握することが可能であることが確認された。
特に、紫外線蛍光画像および反射紫外線画像では識別が難しい場合のある、ニス層下層に位置する顔料の分布についても、疑似カラー画像により明瞭に認識できることが示された。
中でも白色顔料に関しては、紫外線蛍光画像および反射紫外線画像それぞれにおいて、顔料の組成の違いに起因する明確な反応の差異が観察された。加えて、同一画面上に異なる組成の白色顔料が併存し、ニス層や展色剤の反応が干渉する場合においても、疑似カラー画像を補助的な指標として用いることで、顔料の識別が容易となり、得られる情報の精度向上に寄与することが確認できた。
今後は、絵画に使用される顔料・展色剤などの色見本試料を用いた反応情報の継続的な収集を通じて、疑似カラー画像に基づくより体系的な識別指標の確立を目指す予定である。
本稿の内容は、文化財保存修復学会第31回大会(2009年6月13日~14日、倉敷市芸文館)におけるポスターセッションで発表された研究「紫外線蛍光画像を応用したマルチスペクトル紫外線疑似カラー画像の提案」(発表番号:P069)に基づいています。本稿は、発表者本人により再構成・掲載されたものであり、非営利目的での情報公開を目的としています。
参考文献
- A. Aldrovandi, E. Buzzegoli, A. Keller, D. Kunzelman, Il falso d’autore indagato con tecniche non invasive. Rapporto preliminare sulle indagini svolte in Santa Maria della Scala di Siena durante la mostra “Falsi d’autore”, OPD Restauro, n. 17, 2005, pp. 265–272.
- A. Aldrovandi, E. Buzzegoli, A. Keller, D. Kunzelman, Indagini su superfici dipinte mediante immagini UV riflesse in falso colore, OPD Restauro, n. 16, 2004, pp. 83–87.
- A. Aldrovandi, R. Bellucci, D. Bertani, E. Buzzegoli, M. Cetica, D. Kunzelmann, La ripresa in infrarosso falso colore: nuove tecniche di utilizzo, OPD Restauro, n. 5, 1993, pp. 94–98.
- R. Williams, G. Williams, Medical and Scientific Photography: An Online Resource for Doctors, Scientists, and Students, available at: https://www.medicalphotography.com.au/ (accessed April , 2009).
関連項目
・「光学調査のための実用的な反応特性チャートの提案」、濱谷聖、文化財保存修復学会第30回大会
・「調査撮影における新たな指標としての色見本試料の提案」、濱谷聖、文化財保存修復学会第32回大会