光学調査における実践的カラーチャートの提案
文化財保存修復学会第30回大会
○濱谷 聖
深沢 香奈 松崎 美香
Istituto per il restauro “Palazzo Spinelli”
はじめに
保存修復分野で、最も一般的に普及している銀塩写真による光学調査は、目視検査であるがゆえに情報の精度が不確実であり、撮影条件や現像プロセス、フィルムの選択に伴いその結果が左右される。しかしながら、低コストに比較し、得られる情報の有効性と技術的汎用性は高い。一方、可視光線、紫外線、赤外線等の各光線下で得られる反応の情報の解釈には経験を要し、その判断は調査者の主観に左右されやすい。過去において各光線下での絵画材料の反応について検証された文献試料は多いが、それらのデータを調査結果に常に比較対照することは困難である。筆者らは、現場での作品調査時に短時間でのデー タ照会を可能とし、判断基準となる指標の設定を試みた。今回、絵画材料ごとの異なる光線下での反応 を文字情報と色情報に変換し、体系化したカラーチャートの作成を行ったのでここに報告する。これら は従来の一体型のカラーチャートと異なり、パズルのように組み替え可能な可変性を もたせてある。使用者は目的に合致した独自の指標を、自由に設定することが可能である。
経緯
撮影データの収集にあたってフィレンツェ貴石研究所修復年刊誌(1996 年度第8刊)にて発表された、光学調査を目的とした絵画マテリアルによる色見本試料作成についての論文 *1 を参照した。油絵具・卵テンペラ絵具・修復材料等、500 種類の色見本試料を忠実に再現し、その1部を実際の調査対象として適用した。まず、前述の色見本試料を用いて、保存修復分野で適用される銀塩フィルムでの撮影技術7種(可視光線カラー/モノクロ、紫外線蛍光カラー/モノクロ、反射紫外線、反射赤外線、赤外線擬似カラー)によるデータ収集を行った。得られた撮影データから試料ごとの色情報とグレースケールをサンプリングしてチャートの背景色を設定した。試料ごとに紫外線蛍光反応については反応の強弱を、赤外線については透過吸収度に関する反応情報を、記号に変換する作業を行った。その後過去の文献資料のデータ *2*3*4*5 との比較検証と調整を行い、全てのデータを各々独立したピース上にまとめた。今回提案するものは、油絵具51色*撮影7種:357パターン、卵テンペラ絵具48色 * 撮影7種:336 パターンの合計 693 パターンで構成されている(混色・積層パターン・修復材料を除く)。
撮影種類 | 撮影フィルム | フィルターワーク | 撮影光源 |
可視光線 | Kodak E100G Kodak T-max 100 | N/F* (Day light 4900 K) N/F* (Day light 4900 K) | Profoto Pro 5 PB head 1500W: x2 |
紫外線蛍光反応 | Kodak E100G Kodak T-max 400 | Kodak Wratten No.2E + CC40Y + CC20M Kodak Wratten No.2E | Toshiba FL20S BLB 20W: x4 |
反射紫外線 | Kodak T-max 400 | Kodak Wratten No.18A | Toshiba FL20S BLB 20W: x4 |
反射赤外線 | Kodak HIE 135-36 | Kodak Wratten No.87 | Lowel V-Light 500W: x2 (3200K) |
赤外線擬似カラー | Kodak EIR 135-36 | Kodak Wratten No.12 + CC50C | Lowel V-Light 500W: x2 (3200K) |
撮影レンズ:Canon TS-E90 mm / Nikon UV 105 mm *
*謝辞:独立行政法人 情報通信研究機構 NICT 所有の光学レンズを使用させて頂いたことを感謝する。
調査対象の色見本試料は、テンペラ絵具・油絵具・修復材料等合計 500 パターン。それに対して撮影 7 種類を適用した。合計で 3,500 パターンの反応情報を収集することが出来た。

可視光線カラー
1. 色番号:色番号はOPD色見本資料の試料番号を記載
2. 色材名:色材の名称について記載
3. 化学式:色材の化学式について記載
4. 撮影種:試料の反応を記録するために適用した撮影種類を記載
可視光線:VIS. color/bw 紫外線蛍光:UV-F. color/bw
反射紫外線:UV-R. bw 反射赤外線:IR bw
赤外線疑似カラー:IR color

反射赤外線モノクロ
5.反応:撮影種類ごとの試料の反応の有無について記号化
紫外線蛍光反応:反応強←◎ ⚪︎ △ × ×× →反応弱
赤外線透過吸収:透過強←◎ ⚪︎ △ × ×× →吸収強
6.背景色:各試料の撮影結果の色彩/グレースケールをサンプリングした色を背景色とした。モノクロのデータについてはグレースケールの濃度を背景色とした。

紫外線蛍光モノクロ

反射紫外線モノクロ

紫外線蛍光カラー

赤外線疑似カラー
結論と今後の予定
今回のカラーチャートの形態はカードタイプと立方体のものを用意し たが、より汎用性の高い新たな構成についても検討する余地がある。 今回の調査に適用した色見本試料は、イタリア古典絵画材料を中心に 再現されたものである為、近代顔料や新しい修復材料の全てを体系化 してはいない。この点に関しては、今後の追加マテリアルによるサン プル作成とデータの補完を行う。また、絵具の混色・積層パターンに ついてもカラーチャートを作成する必要がある。他に、該当色見本試 料の経年劣化に伴う反応の変化についても追跡調査と、異なる撮影条 件(光源・フィルム・フィルターワーク・デジタル撮影技術の適用) による結果検証も含めた、継続的なデータ収集を行う予定である。
参考文献
- A. Aldrovandi, M. L. Altamura, M. T. Cianfanelli, P. Ritano, I materiali pittorici: tavolette campione per la caratterizzazione mediante analisi multispettrale, OPD Restauro, n. 8, 1996, pp. 191–210.
- R. De La Rie, Fluorescence of Paint and Varnish Layers. Part I, II, III, Studies in Conservation, vol. 27, 1982, pp. 1–7, 65–69, 102–108.
- W. Clark, Photography by Infrared, Chapman and Hall, London, 1939.
Kodak, Applied Infrared Photography, Kodak Publication No. M-28, Eastman Kodak Company, Rochester, NY. - R. Williams, G. Williams, Medical and Scientific Photography: An Online Resource for Doctors, Scientists, and Students, available at: https://www.medicalphotography.com.au/edu.au/index.html (accessed April, 2007).